メッセージ

5月の訓話 「応援されるような学校にしていきましょう」

2024年5月7日 10時37分

こんにちは。令和6年度も1か月が過ぎました。
GWが終わり、もうすぐ中間考査を控えていますが、勉強してますか?
 始業式で2,3年生には集団生活をする上で大切な「かきくけこ」
の話をしたのを覚えていますか?
「か」考えること。「き」気をつけること。気を配ること。
「く」くさらないこと。「け」健康であること。健康的で元気な挨拶ができること。
「こ」コンプライアンス。コンプライアンスとは法令を守ること。
ルールやきまり・校則を守ること。と言いました。
 先月、何社か企業を訪問し、本年度の求人の情報収集と
本校生の就職をよろしくと就職課長の畠内先生とお願いして回りました。
そこで各社の人事担当者にどんな新入社員がほしいか?という質問を投げかけてきました。
答えはこうです。
  (4つの企業の求める新入社員像について発表)
どの企業にも「かきくけこ」が入っているでしょう。
 もうすぐ求人を持って、各企業の担当者が学校に来る時期となります。
大学の先生もたくさん来ます。「人は見た目が9割」というベストセラー本がありましたが、
みなさん制服を着崩していませんか?
ネクタイをしてますか?
スカートの下にジャージをはいていませんか?
シャツの裾が出ていませんか?
スカートを腰で巻き上げていませんか?
シャツのボタンを上まで閉めていますか?
 試験の時だけ、服装頭髪検査の時だけなどというずるい考えは、
学校という教育していく空間では通用しません。
制服を着崩した板高生を見た人が、
板野高校を、他の板野高校生を、どういうイメージで捉えるかを考えてみてください。
マイナスのイメージしかないですよね。それが残念でなりません。
 板野高校には元気に挨拶をする。掃除もよくする。おもしろく元気に話しかけてくる。
素敵な生徒たちがたくさんいます。
常日頃から全員がいつでも試験や面接が受けられる姿で、
健康的で元気な挨拶をしてくれれば、何かが変わると信じています。
 入学式で1年生には「ヒンドゥー教の教え」について話をしました。
「心が変われば態度が変わる 態度が変われば行動が変わる 
行動が変われば習慣が変わる 習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる 運命が変われば人生が変わる」
心を変えるという些細なことが、いずれは人生まで変えてしまうと言っています。
心を変え、気持ちを変えて、できることからやっていきましょう。
大学が、企業が、是非板野高校の生徒を推薦して欲しいといってもらえるような、
周りから指示され、応援されるような学校にしていきましょう。
そのためには、私も頑張ります。

令和6年度 第1学期 始業式 訓話 「心がけてほしい5つお願い」

2024年4月9日 10時38分

おはようございます。校長の野田耕市郎といいます。
漢字をよく間違われるので詳しく言いますと、野原の野。田んぼの田。耕は耕運機の耕。耕すという字です。
市は市場の市。郎は昔から男の子に使われる太郎とか次郎とかの郎で「おおざとつくり」の郎です。
続けると「野原を田んぼに耕して、そこで採れたお米なんかを市場に持って行く男」と
覚えてもらうと間違わないかな、と思います。
 実は、板野高校は私の初任の学校であり、大好きな学校です。
28年前、初任3年目の冬に、もう一年残してほしいと当時の校長先生にお願いに行ったことが
昨日のように思い出されます。
もしかすると皆さんのお父さんやお母さんの中に私を知っている人がいるかも知れません。

 さて、年度当初の挨拶ということで、みなさんに心がけてほしい5つのお願いがあります。
覚えやすいように頭文字を「かきくけこ」に合わせてきたので日々の生活の中で是非意識して生活してください。
 「か」は、考えること。
 勉強もそうですが、考えることは非常に大事なことです。
夕方のTV番組で「突破ファイル」という番組の中で、
窮地に追い込まれた主人公が自分自身に「考えろ、考えろ、考えろ」と言い聞かせるシーンがよく出てきます。
苦しいときこそ考える。これをしていいのかを考えてから動く。
効率よく物事を行うためにどうすればいいかを考える。全て大事なことです。
 「き」は、気をつけること。気を配ること。
 気をつけるは、交通事故に遭わないよう、事故や犯罪に巻き込まれないよう気をつけるです。
気を配るは、周りに元気のない人はいないか。困っている人はいないか。いるならどう声をかけるか。
思いやりを持って行動してくださいということです。
 「く」は、くさらないこと。
 人生うまくいかないことはあります。失敗もあります。
そこでくさっていては誰も見向きもしてくれません。
「笑う門には福きたる」という言葉がいうように気分を換え、ポジティブに考え、前向きに次の行動をしましょう。
 「け」は、健康であること。健康的で元気な挨拶をすること。
 先ほども挨拶をしましたが、これは皆さん全員がすることに意義があります。
お越しになったお客さんに、すれ違う生徒全員が挨拶をすれば、驚くでしょうし、面白いと思いませんか。
こうなれば、学校自体が変わります。
 「こ」は、コンプライアンス。
 法令を守るという意味ですが、校則などのきまりやルール・マナーを守ろうということです。
時間を守ること・約束を守ることや人を傷つけないことも広い意味でコンプライアンスかもしれません。
 この「かきくけこ」は、社会に出ても使えるので心のどこかに留め置いててください。

 残された高校生活。夢ややりたいことを「志」というなら、その「志」を掲げ、
「誠実・努力・前進」の校訓のもと、「誠実」に取り組み、「努力」を続け、
コツコツと「前進」していってください。
そうやって歩んでいる皆さんを先生方は応援してくれます。頑張っていきましょう。

令和5年度 3学期終業式 学校長訓話

2024年3月21日 10時39分

  伝えたかったこと

 学年末として4月からの1年を振り返る節目となりました。1学期、2学期、そしてこの学年末までを終えましたが、学期ごとに、頑張ったこと、成長したこと、課題となったことなどを把握し、課題については改善してきましたか。

これまで、始業式や終業式、全校集会でいろいろな話をしてきましたが、この機会に改めて振り返りながら、皆さんに伝えたかったことについてまとめます。

 1学期の始業式…「志(こころざし)」:成し遂げたいことを「志」として持ち、なりたい自分を毎日強く思い、そして必要な行動を続ける。

 5月の全校集会…「聞く姿勢」:話している人に体を向けてきちんとした姿勢で聞くことは、礼儀の根本であり、そこに人の本質が現れる。

 6月の全校集会…「失敗の価値」:失敗を単なる失敗と考えずに、失敗の価値に気づき、失敗を無駄にしないことこそが新たな一歩になる。

 1学期の終業式…「読書の効果」:ボキャブラリー(語彙)を豊かにする読書は、コミュニケーション能力の向上とより深い学びにつながる。

 2学期の始業式…「時を守り、場を清め、礼を正す」:職場や学校において人間関係や信頼関係を築くには、重要となる3つの行動がある。

 11月の全校集会…「活躍している人」:活躍するには挑戦が必要であり、挑戦にはほんの少しの勇気とたゆまぬ努力への決意が必要である。

 2学期の終業式…「目標の実現」:なりたい自分とできる自分の重なりを広げる努力の積み重ねが、実現の可能性を高めることにつながる。

 3学期の始業式…「大人の条件」:大人になることは、当たり前のことが当たり前にできるようになり、内面的にも大人になることである。

 皆さんは、高校または大学などを卒業した後、職場や地域社会で何らかの役割を担うことになります。そこで問われるのが、「社会で必要な資質や能力を身につけているか」「その資質や能力を伸ばすための努力をしてきたか」になります。

 学校は、社会に出るための準備の場として、皆さんに夢や目標に向けて努力を続けることを求めています。また、板野高校の一員として協力して取り組むことも求めています。しかし、それが実践につながるかどうかは皆さんの気持ち次第です。

新年度からのより一層の活躍を期待しています。

徳島県立板野高等学校長 佐山 哲雄

令和5年度 3学期始業式 学校長訓話

2024年1月9日 10時41分

大人の条件

 1月というのは、新しい年を迎え1年間のスタートとなる時期になる一方で、学校生活の中では3学期というまとめの時期でもあります。新年の初めであると同時に年度のまとめにもなるので、ある意味1年間の中で最も大切な時期になると思います。皆さんには、一日一日を大切に過ごしてもらいたいと思います。

 さて、昨日は成人の日でした。成人の日というのは、「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます」趣旨の国民の休日です。そして、皆さんも知っているように、民法が改正されて令和4年4月に成年年齢が満18歳に引き下げられました。3年生の多くの人が18歳になっていると思います。

 そこで、「成人」と「大人」を国語辞典で調べると、「成人」とは「心身が発達して一人前になった人。成年に達した人。子どもが成長して大人になること。」となっており、「大人」とは「成長して一人前になった人。成人の年齢に達した人。思慮分別があり、社会的な責任を負える人。」となっています。

 「成人」と「大人」には「一人前」や「成年年齢」という共通する意味もありますが、「大人」には「思慮分別」や「社会的な責任」という意味もあります。従って、「大人」とは「成年に達する」という外面的なことと「分別や責任」という内面的なことの両方が認められてなれるものと思います。

 オランダの教育学者、マルティヌス・ヤン・ランゲフェルドは「大人」を次のように規定しています。
 ①自分自身の行為や失敗に対して責任ある態度がとれる。
 ②社会生活において仲間として責任を分かち合う態度がとれる。
 ③子どもや病人など弱者のための代理人として責任を負う態度がとれる。

 簡単に言えば、自己責任の態度、社会の一員としての自覚、そして思いやりの態度が必要ということだと思います。だとすれば、内面的なことというのは人として当たり前のことばかりです。裏返せば、「大人」になるということは、当たり前のことが当たり前にできるようになることかもしれません。

 18歳の誕生日を迎えれば大人として扱われる一方で、18歳の誕生日を迎えれば大人になれるという単純なものではないと思います。普段から誰かのために何ができるかを考えることも必要だと思います。皆さんが成年に達した時、大人としての態度をとることができることを期待しています。

徳島県立板野高等学校長 佐山 哲雄